ねここねの思考手記

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【神アニメ】コードギアスから学ぶ競争と教育の話

 

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 コードギアスを見ると、コードギアスより面白いアニメってないかもしれない! って思うくらいにコードギアスが大好き!「ねここね」です

コードギアスとは?

 一言で言えば! 

「最高の神アニメ!」

 圧倒的なカリスマ性を持つ主人公、ルルーシュの魅力は他の追随を許さないくらい素晴らしいし、展開が常に斜め上を行く秀逸なストーリー。 他のキャラ立ちもすごい!

 ちなみに僕のオススメキャラは(オレンジとブリタニア皇帝、天子、ユフィ、スザク、C.C カレン)

 勿論、コードギアスの魅力はルルーシュだけのものではない。色々な複合する要素がたくさんあり語り尽くしても語り尽くせないほどの超名作アニメなのだ!

 見ていた当時はこんな面白いアニメが存在する世界に生まれたことを心底感謝したものである。

 

 今までの人生で

この世の果てで恋を唄う少女YU-NOと【EVE burst error級にハマったコンテンツはコードギアスくらいなものだ。

 それ程に思いれるがある作品ではある。

 本来なら大好きなコードギアスの話をもっとしていたいものだが、今日は学ぶシリーズなので今回はコードギアスとは無関係ではないが、ちょいとそれた話をすることになる。

 コードギアスは色々と考えるべきテーマが多過ぎる題材なのでこれからも思いついたら書いていけたらなーと思う。

 まだ、視聴したことがない人はこの記事を読む機会に是非視聴して欲しいものである。では今日の本題に移りたいと思う。


【今日のテーマは競争という概念である。 まずは以下の文章を読んでもらいたい】

 人は平等ではない! 生まれつき足の早い者 美しい者 親が貧しい者 病弱の身体を持つ者、生まれも育ちも、才能も人間は皆違っておるのだ。

 そう、人は差別されるためにある、だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。不平等は悪ではない、平等こそが悪なのだ。 

 権利を平等にしたEUはどうだ? 人気取りの衆愚政治に座しておる。富を平等にした中華連邦は怠け者ばかり、だが我がブリタニアはそうではない、争い競い常に進化を続けておる。 

 ブリタニアだけが前に! 未来へと進んでいるのだ。我が息子クロヴィスの死もブリタニアが進化を続けているという証。 

戦うのだ!、 競い奪い獲得し支配する。その果に未来がある!!! 

オールハイルブリタニア


 作中屈指の超親父キャラ!

 ブリタニア皇帝、シャルルザ・ブリタニアが言い放つ、彼の中では平等が悪なのである。

 平等が悪であるなら変わりの概念が必要だ。そこで平等の代わりに打ち出した答えは、争え競争せよ、それだけが前に進めるという概念である。平等主義者には真っ向から反対したい内容であり、競争主義者には背中を押してもらえる言葉となるブリタニア皇帝の作中の名スピーチである。

 僕は、ブリタニア皇帝を支持したいけど、もちっと競争する上で結果重視にならないような取り組みは必要かなと思っています。


【競い競争も大事だが、独自性という概念からアプローチもしてみる重要性】

 私の高校の担任教師の話で悪いのだが、その担任教師は、一時期女子高校の教師を勤めていたことがあるらしい、その時の苦労に比べたら、共学の学校はなんと楽なのだろうという話がある。 なんでも、女子高校では、女子を少しでも贔屓したりするものならば、いつどこでどんな制裁が自分もしくは贔屓した女子生徒に降りかかるかもしれないからだという話である。

 大袈裟に言えば、授業で誰か1人を指名して答えさせた場合、他の女子全員もその後指名しないと、後々問題になったりすることがあるらしい。

 高校の時は、そんなのギャグじゃんと笑い飛ばしたものだが女子のいじめとは政治的であり、ほんの些細な差異からいじめが発生することが大にしてあると、とある方から教わった。(男子も同じかもしれないが)

 それを、考えた場合は私の元担任教諭の言っていたことは簡単に笑い飛ばせるものではないと今になって思う、随分時間はかかったがあの時の恩師の心情にいくらか近づけたことに、今は嬉しく思うと共に少し気恥かしい限りである。

 しかし、平等に扱わねばならない、これほど難しい注文はない、機械がやるならまだしも、人が行うことに、均一性を持たせることは、そうとう困難を極めるだろう。もはや、それを確実に行えるようになるには人間を超えるしかない。

 だが、人間を超越するってどうするよ! 石仮面等あるわけもない。

 じゃあ、人間を超えないままに、平等に扱わずに、教育を行う方法はないだろうか? 現実的ではないのかもしれないが、過去の偉人の言葉を思い出してそれを応用しようと思う。

 他者に対して、平等に扱うのは難しい、それなら、あなたの出来ることは、その人独自の豊かさを示してあげることが重要である。


 もはや、だれが言ったか覚えがないところが、悔しいところだがこんな言葉が頭の中から湧いてきた。

 うむ、これはイケルんじゃないか?

 その人独自の豊かさとは、相手に対しての個性の尊重を意味する。優柔不断と思われる人には、誰にでも優しく、思慮深いと言ってあげたり、お金に対してケチな人間には、経済的にしっかりと管理ができる人だと言うように、相手の個性に対して、肯定していってあげればいいのだ。 

 私が思うところに教師の役目とは平等に扱うよりも個人々々に対しての得意分野を発見、発掘してそれを伸ばしてあげることが1番であり、平等に扱うという行為はその邪魔でしかないと考えている。

 相手と同じ条件で競争させるよりも、個人々々の独自性を考慮して比べるシステムがあるほうがより良い競争ができると思う。

 それにも関わらず、学校のテストの評価は満点止まり、もっと青天井式にすればいいのにと思ってしまう。

 数学で200点取れる生徒が 数学で100点の評価しか取れず他の教科と合わせて総合的に負ける構図は正直納得できない。

 しかし、学校は平等というテーマを掲げる限り個人の独自性を尊重することは少ないだろう。もっと評価の基準を変えていくことが大事なのだ。


【尊重と競争こそが大事であり否定をすることの愚かしさ】

 確かに、平等に課題を与えてどれが得意なのか、苦手なのかをデータとして集めることで生徒の持っている得手不得手を知ることはできるだろう。だけれども、そのデータとりに夢中になっていては本末転倒である。

 平等に課題を与えて評価するということは、相対的に相手と比べていくことになることが多い。そうなると競争に歪みが生じる。

 何故なら、相対的な評価は相手が失敗すれば、自分がしょぼくてもOKということだからである。そういう世界では相手を否定していけば自分の立ち位置の確保がし易いのである。そして人は簡単で易しい方に流れる習性がるためその流れは留まることをしないだろう。

 だからこそ、個人の独自性を伸ばして、そこで競争できるようにしなければそのうち相手を否定することで結果を出せるような世界が出来上がってしまう。だからこそ平等という教育を破棄する必要性があるのだ。

 人はどうやっても、差別をしてしまうそれはもはやどうあっても取り除くことは出来ない事実だろう、だけれども相手を尊重したり競争することで成長してより豊かになることはできるはずだ。しかし、競争と相手を尊重することを忘れて、否定と競争の組み合わせで相手と勝負したりする輩がこの世には蔓延っている。まったく早く処分して欲しいものである。

 相手と競争したり比べたりするときに、相手を負かすためにとにかく相手を否定するやり方はその場での結果や雰囲気を制することが出来ているように見える。特にそうやって相手を否定して向こうから反応が帰ってこない時は勝った気でさえいることがある。

 まずこれが大きな間違いである。競争する上で相手を否定するやり方は相手のやる気をしらけさせ勝負する価値がない相手だと相手に思われてしまう行為に他ならないからだ。そういう人間はやがてだれとも競争してもらえなくなり、競争してもらえないから、進歩も進化もない閉じた世界で衰退して行くのを待つだけなのだ!

 だからこそ、相手を尊重し競争することが必要なのである。お互いがお互いを高め会える相手に恵まれるということはどこまでも高みを目指すことが可能なのであり理想的な環境ではないだろうか?

 競争した結果、相手を尊重することで相手から良いところを吸収することが出来き、それが強さに変わる例はこの世の中にある黄金の成功例と言ってもいいくらいたくさんあるのだから。

 何かを否定することで自己を肯定して行くことは出来るだけしたくないものである。


 僕の場合だと

 単純にこのアニメつまんねーとか思うよりはここはこうやったら面白いかもしれないとか、なんでつまんないかを探す面白さを見出す努力をしたりするのもいいだろう。

 僕は、つまんねーものは、つまんねーんだから それ以上考えるだけ時間の無駄だと思う時があったのだけれど最近はその「つまんねー」の中に極上の財宝が眠っているのではないか思えるようになってきた。

 つまんないと思うものすらも工夫して面白く出来るなら、面白いものと出会った時にはさらに、工夫して面白く受け取れるようになるはずだ。

 そして、そういうスタイルで生きる方が、遥かにお得人生となるはずだ。


 しかし、つまらないと思うアニメはそうそうに見切りをつけて、時間を効率良く使った方がいいような気もする。

 だけども、そうなって行くとどんどん見るものが減って行き、やがて”懐古厨”となって文句ばかり垂れ流す人になりそうな気がしたりもする。

 個人的にはそういう人にはなりたくないとも思うが、何かを否定することを僕はまだまだヤメルことが出来ないでいる。

 

 そんな矛盾に今日も苛まれるのでした。

 

                                   以上!

 

コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー(1)<コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー> (角川コミックス・エース)