ねここねの思考手記

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生きてる価値もないし死にたくなる気持ちをどうにかしませんか?

 35歳を過ぎたあたりからだろうか。半年に一度は死にたくなる。正確にいえば死にたい気持ちになる。それは何故かというと自分が自分自身に価値を感じないからである。

 

 そして、そっと検索する。キーワードは「生きてる価値もないし死にたい」である。

 そうするとどうなるか?

 ここのページが検索結果として帰ってくるわけです。

 少し調べてみると、相談員の時給は1800円くらいからボランティアまで様々な雇用形態があるのがわかる。ふむふむ。なるほどなぁーと思いながら、見ず知らずの相談員に自分は「生きてる価値もないし死にたいです」と、相談したところでなんになるのだろうか? そんなことに意味も意義も見出せないのが私という人間のようなので相談することもしないわけだが、年間2回は「生きてる価値もないし死にたい」と検索する私である。検索する度にお馴染みの電話番号が表示されるわけである。うんざりする。

 ここに電話する気はまず起きない。ここに電話して何かが解決すると思ってる頭ハッピーマニアなトンチキ野郎がいるなら是非とも知りたい。自殺の相談窓口に電話して私の悩みは解決した! 生きる喜びを見出せたとかいう人は存在するのだろうか? いや、まあ、するんだろう。1億2000万人もいたらいるだろう。それでも、自殺者数は年間3万人なわけですがね。個人的に死にたいと思っても死ねる人は100人に一人いるかどうかと思うんだよな。知らんけどな。だから死にたいと思ってる人は予備軍は300万人くらいはいると思うんだよ。まあ、ようするにグーグルで「死にたい」みたいなワードで検索するやつはかなりの数いると思うだけども、いきつく相談窓口はお決まりのこれである。

 おい! いい加減しろ! これじゃあ何の解決にもならんのだよ。もっと自殺したくなくなるような。前向きになれるものをや、目から鱗が落ちるような、コペルニクス的発想を得られるようななんかこうキャッチーなサイトにヒットしておくれよ。こんな電話番号をつきつけられても何も解決しないし、ほとんどの人は相談しない。死にたいという相談は誰かに分かってもらえるような相談じゃないからそもそも電話しても無駄であり徒労なんだよと言いたくなる。勿論、そうじゃない人もいるだろう。それでも「死にたい」と検索する人は後を絶たない。そして何も解決しない電話番号である。その先に電話して救われた人も星の数ほどいるのかもしれないが、少なくとも私は電話する気すら起きない。

 

 電話する気すら起きない私の「生きてる価値もないし死にたい」という気持ちは嘘なのだろうか? うん。半分は嘘である。心のどこかで自分は生きてるだけで価値はあると思ってさえいる、死ぬにはまだ早いという気持ちもある。だから結局は死なないでダラダラ生きているのである。実にくだらない。あーくだらない。そんなくだらない人生と決別するために、新しく何かを始めたり勉強したり、仕事したり、貯金したりするのである。そして、明日からも変わらず私は働き続けるのである。

 

 結局、自分で自分に折り合いをつけて生きれているうちは死なないだろうけども、それでもふとした瞬間に自制を失って死ぬような気もする。そして、年を重ねるうちに自制心というものは衰えてくるのだろう。だから高齢者の自殺は増えるのである。

 結局は自殺しるのは時間の問題ともいえる。遅いか早いかの違いである。しかし、遅いか早いかということは生きてる間においては重要な要素なのである。なので、自殺するにしてもできるだけその時期を遅らせれるように努力する方向性で生きていくのが一般的である。勇気を持ってまだまだこれから人生の幸せの頂点で死んでいたほうが良かったという人もいるかもしれないが。その結果は死んでみないことには分からないのである。なので今日も死にたいと思ったとしてもなんとか生きて明日を迎える選択をするしかないのである。

 

 あああ、無常、諸行無常なりけり。