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ねここねの思考手記 サブカルミラクルの章

主にアニメ系 漫画系 らのべ系のサブカル系が中心です

「なんかあったら責任とれんのか?」 とか言う台詞はどうなんだろう?

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何か意見を言ったり、やろうとするとこういうことを言う人がいる。

 

「オマエはそれ、責任とれんのか?」

 

 この台詞には色々なケースがあるんだけども、どうにも嫌な思い出しか私にはない。

 

 なんというかその場を制するがために使われることが多過ぎるきらいがある。冷静に考えれば相手の行動を制止、抑止、思考を変換させて意欲を削ぐためにあるような台詞にすら感じる。

 

 この台詞のせいでどれだけの人がやりたいことや、やってみたいことを抑制されたのだろうか?

 

 責任が取れないならやってはならんというならば、政治家は誰にも出来ない職業だろう。政治家の政策一つで沢山の人の人生が狂うことだってあるのだから。 他人の人生の責任なんて誰もとれるはずがない。警察の捜査、逮捕活動も出来ないだろう。人に何かを教える職業も何もかも、他人に影響を与える行動、全てをやってはならないということになりかねない。

 

 責任なんてとらなくていい。 責任はとらされる時がきたらとるものだ。 行動の前に責任なんてことを考えていたら機会を逃すのだ!

 

「オマエはそれ、責任とれんのか?」

 

 こういう台詞は他人の行動の足枷にしかならないのだ!

 

 だから安易に使ってはならん言葉なのである!

 

 いや! そうではない、そういう言葉のおかげで浅はかな行動への抑止力になると仰る人もおられますが、僕はそんなの認めない! 認めたくない!

 

 世の中は責任のとれないことばかりだ! 覆水は盆に返らないが、行動のないところで盆はひっくり返らないし、盆から水が落ちることで生まれる変化が大事な時もあるだろうし、盆の水をどこかに動かさないと盆の水は有効活用できない。

 

 そして、責任の有無やなんやを気にしていたら、人の行動力は削がれてばかりだ。だから責任なんて気にするなと言いたい。

 

 人間は何をやっても責任をとらないといけない時は強制的にやってくる。 そこで初めて責任をとる行動すればいい。

 

 それまでは自由に本気で動けばいいと私は考える。 だから、私は言う!

 

「私が何もしない責任を貴方はとれるのか!?」

 

 何もしないというのが一番の無責任なのである。

 

                                    以上!

 

 

 

 

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